第一人者たちの下へ【その1】(2006.12.15)

オリンパス君と秋葉原で落ち合い、東京駅に着いた。今日はウィークデーだから、通勤客がホームを頻繁に行き交っている。
今回の出発は、前から乗ろうと思っていた185系鈍行にした。[12両 2ドア]というのが特異な列車であることを感じさせる。
この列車をわざわざ選んでいるお客も多いようで、列車は立ち客を出して発車した。

窓ガラスの曇り具合が大きい。国府津に着くまで何回窓を拭いたことだろうか。
品川、川崎、横浜…どの駅も客の入れかえが激しい。結局、国府津で降りる時には、自分たちのような東京から乗っている客はほぼ皆無に近かった。
3番線に乗り換えると、見慣れない「回送」表示の車両が停まっている。はて、何だったかな?この車両…と考えていたら、それはいつの間にかいなくなっていた。
ドアに『乗車の際は運転手までお知らせください』と書いてあったのが印象的だった。
向こうの側線を寝台特急「富士・はやぶさ」が猛スピードで走っていった。団体の子供たちが奇声を上げている。

折り返しの沼津行き鈍行が到着した。高崎の方でも健在な115系である。
オリンパス君はセミクロスシートが嫌いのようだが、ここに座らないことには旅情が沸かない。
9時11分、強い揺れとともに、発車した。
JR東海の115系は窓が開かないので、個人的には少々物足りないが、車両が車両だけに、まあ十分満足ではある。
下曽我、松田などでやや多めの客を拾い、結構な混雑になってきた。
御殿場線は丹那トンネル(熱海−函南)が開通するまで東海道線だったという歴史を持つ路線なので、どの駅にもかつて線路が敷かれていたことを偲ばせる残骸があったりする。そういうのを見つけるのも楽しい。
駿河小山に着いた。駅舎は新しそうに見えるが、「便所」の看板などは国鉄時代のものだとわかる。
富士霊園行きのマイクロバスは、なんと目の前で行ってしまった。発車時間まで4分も余っているというのに、なんというせっかちな運転手であろうか。
仕方ないので次のバスまで観光案内所などで時間を潰していた。オリンパス君は「富士スピードウェイにも出来れば行きたい」とか言っているが、たぶん無理だろう。
次のバスの運転手は親切で、本田宗一郎氏の墓の場所や、バスの運行経路などの詳しい話をしてくれた。飴もくれた。

入口で花を買って、墓へ向かった。
本田宗一郎氏の墓は他と比べものにならないほど巨大で、びっくりした。オリンパス君は「ホンダの社員にしてください」と請願したらしい。
駿河小山駅行きのバスの運転手(さっきの人とは別)は、運転が下手くそだった。オリンパス曰く「いちいちギヤチェンジをしているからだ」

何の放送もなく、静かに12時03分発沼津行き鈍行がやってきた。


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